とあるビデオグラファーの備忘録的ブログ

ビデオグラファーsumizoonのブログ 一眼動画に関する機材や撮影方法を中心に情報を発信していきます。

NikonがREDを子会社化!に関して思うことを勝手に書く

いや、めっちゃ驚きました。今年もまだ2ヶ月ちょいしか経っていないのに、今年最大かと思うほどにパンチ力のある発表がNikonからなされました。NikonがREDを買収するというニュース。

Nikonプレスリリースの内容

まずはプレスリリースの内容を引用します。

業務用動画市場を開拓
米国の映像機器メーカーRED.com, LLCを子会社化
2024年3月7日 PRESS RELEASE/報道資料株式会社ニコン(社長:馬立 稔和、東京都港区)は、業務用シネマカメラの開発、製造、販売、サービスを行う米国のRED.com, LLC(President: Jarred Land、米国カリフォルニア州、以下「RED社」)の創始者であるJames Jannardならびに現社長であるJarred Landとの間で、本件の各種クロージング条件の充足を条件とした上で、RED社の持分の全てを取得することを内容とする持分譲渡契約を締結し、RED社を当社の子会社とすることに合意しました。以下略

Nikonプレスリリースより米国の映像機器メーカーRED.com, LLCを子会社化 | ニュース | Nikon 企業情報

www.jp.nikon.com

いや、初め見た時はREDとう会社が他にもあったっけ?とか思うくらいにすぐにはあのREDとNikonがくっつく姿が想像できなかったんですよね。というか特許絡みで係争していたのでまさかそうなるとは想像つかなかった。。と

NikonとREDの特許(US8174560)

前述のとおりNikonがREDを傘下に収めると言うのは全く想像できなかったです。その理由について書いてみます。

NikonとREDと言えば記憶に新しいこの話。

www.cined.com

そう、NikonがZ 9を発売してまもなく、REDがNikonを訴えたと言う話。すごく有名な話ではありますが、REDは動画のRAWコーデックに対して基本的な特許を所有しています。

 

1. A video camera comprising:
a portable housing;
a lens assembly supported by the housing and configured to focus light;
a light sensitive device configured to convert the focused light into raw image data with a resolution of at least 2 k at a frame rate of at least about twenty-three frames per second;
a memory device; and
an image processing system configured to compress and store in the memory device the raw image data at a compression ratio of at least six to one and remain substantially visually lossless, and at a rate of at least about 23 frames per second.

請求項1
ビデオカメラは以下を備える:
ポータブルハウジングと、
ハウジングによって支持され、光を集束させるように構成されたレンズアセンブリ
少なくとも約23フレーム/秒のフレームレートで少なくとも2kの解像度を有する生の画像データに集束光を変換するように構成された感光デバイスと、
メモリデバイスと、そして
少なくとも6対1の圧縮率で実質的に視覚的に損失のない状態を維持し、かつ少なくとも約23フレーム/秒の速度で生の画像データを圧縮してメモリ装置に記憶するように構成された画像処理システム。patents.google.com

なんともヤバい特許です。簡単に書いてしまうと、

・23fps以上のフレームレートで、2K以上の解像度で1/6以下に圧縮した動画RAWが内部収録できるカメラ

と言うなんとも権利範囲の広い特許になっています。

実施例は記載されているものの、請求項自体はまさに「ぼくのかんがえたさいきょうかめら」をまんま書いた雰囲気すらあります。

これを盾にREDは過去にAppleSONYに対して訴訟やRAW動画実装の差し止めをおこなってきたと言う認識です。(正確にはちょっと違うかもしれませんが)すくなくともSONYのCinealta F55のRAW実装は虎の子REDの尾を踏んだ形となって当時ニュースになっていました。

また、DJIやKinefinityはProResRAWの実装をカメラ発売前にアナウンスしながらも、最終的に実装を断念したと言うのはこのREDの特許の存在があったからと言われています。

そして例によってREDは圧縮RAWを実装し発売したNikon(機種の対象はZ 9)を訴えた。と言う流れ。

で、結局Z 9の件はどうなったかと言うと、昨年、下記記事にあるように訴訟の取り下げが行われました。

digicame-info.com

つまりREDとNikonは昨年の今頃までは犬猿の仲にあったと思うのですが、訴訟の取り下げの段階で今回の買収話も進んでいたのでしょうかね。

色々腑に落ちない訴訟の終結

なぜ今まで多くの巨大企業を相手に勝ち続けてきたREDがNikonに対して訴訟を取り下げたのか?に関しては理由は明らかになっていません。そもそもREDの特許自身を無効化すべくNikonが動いた言う噂もありますし、そもそもこの特許の出願がカメラを市場投入した後に出願されたため無効になっているとかの噂もあります(確かにRedOne発売は2008年2月以前、US出願は2008年4月の様です)。が、なぜNikonだけ真っ向勝負で訴訟取り下げになったの?と不思議に思っていた方も多いかと思います。もちろん、Nikonの法務部が超優秀説や、結局Nikonがライセンス料を払った説までいろんな憶測が流れていました。

で、今回の子会社化の話。もしかすると、今回のこの子会社化の話がREDの訴えをおこなってからなんらかの話で進んでいたからかもしれません。

結局中の人しかこの話は知りうることはできませんが、映画化できちゃうほどに面白いことがこの一年で起こっていたものと思われます。

 

NikonがREDを子会社したことの狙いとは?

さてプレスリリースに戻ると下記の文言があります。

が、結局書かれていることは「業務用動画市場の開拓」と言うことのみが読み解けます。

今回の子会社化により、製品開発における高い信頼性や映像処理技術、ユーザーインターフェイス、光学技術などの知見を持つニコンと、独自の画像圧縮技術やカラーサイエンスをはじめとしたシネマカメラにおけるノウハウを培ってきたRED社の強みが一体化され、業務用動画機において特色のある製品開発が可能になります。双方の事業基盤やネットワークを最大限活用しながら、今後拡大が見込まれる業務用動画市場の開拓を目指します。米国の映像機器メーカーRED.com, LLCを子会社化 | ニュース | Nikon 企業情報

国内メーカーの業務用動画機

国内カメラメーカーのツートップであるSONY/CANONは制作用のカメラのラインナップが明確にあります。

SONY

CinealtaシリーズにはフラッグシップであるVENICEやBURANO、FX9がありますし、さらにはCinema LineカメラとしてFX6/FX3まで、劇場公開作品から小規模撮影、YoutubeVLOG撮影レベルまで映像制作におけるすべての要求に応えられるようにラインナップされています。

https://www.sony.jp/products/picture/VENICE2.jpg

引用:VENICE 2 | ラージセンサーカメラ | ソニー

CANON

CANONはCinema EOSシリーズとしてEOS C500 Mark II、EOS C300 Mark III、小型のEOS C70やEOS R5Cが現行ラインナップとして存在しています。売れているかどうかは別としてシネマカメラに参入してかなり時間が経ちます。CANONSONYほどではないにせよ、全方位的なラインナップ展開をしています。(SONY FX3に相当するライトな撮影はミラーレスカメラ使ってねというスタンスかな)

https://canon.jp/-/media/Project/Canon/CanonJP/Website/business/solution/pro-img-sys/cinema-eos/lineup/ces-camera/c500mk2/image/c500mk2.jpg?la=ja-JP&hash=8C1398F4DFBBA31F407EE1E2027C29C0

引用:デジタルシネマカメラ|商品一覧|映画製作機器 CINEMA EOS SYSTEM|キヤノン

 

Nikonはと言うと?

一方でNikonには明確なシネマカメラのラインナップは存在しません。Nikon Z 9/Z 8ではシネマカメラ顔負けの内部RAW収録を実現したわけですが、SONYCANONのように全方位的にラインナップを用意すると言うところまでは実現できていません。

この分野において強いのはARRI / SONY / REDだと思います。一方Z 9/Z 8はミラーレスカメラとしては爆発的に売れていますが、制作カメラとして全く見向きされない状況が続いていると言う印象です。優れた動画記録性能があるにも関わらず動画分野では全くといって使われていないのです。

※余談ですが、この状況は勿体無いと思って書いた記事が下記になります。

すでにスチルの動画市場は完全に飽和し切っていて新規のユーザーを確保するのが難しい状況ですし、スマホに押されている現状は皆さんもご存知の通りかと思います。が、業務用の動画市場に関してはこれからも成長すると言う見方をしている方も多いですし、Nikonもプレスリリースを見る限りそこに活路を見出していると言えます。

そこでREDを傘下にすればNikonとしても業務用動画市場への参入が最短で行えると言う見方をしたのではないかと思います。

SONYがシネマカメラに参入してもう10数年経ちますが今の地位を築くまで相当な時間がかかっています。一方でシネマカメラのシェアが全くないNikonにとってREDのシェア=Nikonのシェアに瞬間的に切り替わると言う必殺技を繰り出したと。

REDがNikonの傘下になってどんな変化が起きるのか?

ではREDがNikonの子会社になることで何が起きるのでしょうか?色々憶測で書けそうな話ではありますがぶっちゃけわかりません。が、とりあえず簡単に想像できそうなものをいくつかコメントと共に列挙してみたいと思います。

(以下書いてみましたが、すぐに変化が起きるとは考えていません。ユーザビリティを考えると急激な変化は望まれないでしょうしね。)

 

製品的な観点で言うと

REDのRFマウントの解消する?

現状REDのKOMODOをはじめとして、V-RAPTORはRFマウントです。V-RAPTORは実質PLマウントに変換して使われるケースがほとんどだと思いますが、今後もCANONのRFマウントを採用し続けると言うことは少し考えにくいです。ただし、Zマウントはマウント径が大きくフランジバックが短いので強度を確保した上でのロックマウント機構やNDフィルタの実装は技術的に難易度が高いのでは?と言う印象があります。(まぁそこはメーカーさんがどうにかするとは思う)

引用:https://www.raid-japan.com/

REDがN-RAWを実装をする?

いや多分コレはないと思う。そもそもREDのR3Dを使い続けている人達にワークフローを変えさせるようなことはきっとしないのではないかと思います。

RED/Nikonイメージセンサーの共用をする?

もしかするとコレはあるかも。特にV-RAPTOR Xの8Kグローバルシャッターとか積んだNikon機ってのもみてみたい。(とはいえV-RAPTOR Xはフルサイズよりも大きいのですぐには実現しないのでは。。。と思う)

KOMODOのセンサーを使用したAPC-Cグローバルシャッター機ってもの政治的な障壁が低く実現できるようにも思えます(あれスチル向きじゃないと思うけど)。とはいえ、販売台数が確保できるのであれば一般のユーザーが手を出せる価格のNikonKOMODOなんか出ると面白そう。むしろそうなってほしいと切に願うのでした。

Nikon機がN-RAWを捨てR3D(REDのRAWコーデック)を採用する?

これも可能性は低いながらあり得ない話でもないと思う。TicoRAW(tiny codec)の技術を採用したN-RAWですがすぐにこのフォーマットを捨てるとも思えないですが、こうなると面白いかもと言う妄想です。

動画圧縮RAWフォーマットとして現状Apple ProRes RAW/N-RAWを採用しているZ 9/Z 8ですが、さらにR3Dを採用するとなるとDaVinciやFinalCutの両方で現像ができる未来がやってきます。現状N-RAWはDaVinci Resolve、ProResRAWはFinalCut Proとファイルフォーマットが編集環境を選んでしまう状況にあります。仮にR3Dを採用するのであればDaVinci ResolveもFinal Cut Proでも両方でオペレーションすることが可能なのでユーザビリティも上がるのではないかと思うのです。またカラーサイエンスの思想もREDに乗っかると言うと言う未来がやってくる時代がやってくるのかも。

まぁそんなことになるかどうかはわかりませんが、そうなったら面白いよねぇと言う話。

 

各社の動画RAWを取り巻く環境

ここではガチの制作用カメラは置いておいて、ミラーレスカメラを中心に動画RAWの対応状況を書いてみたいと思います。

Canon

Canonは独自の動画RAWフォーマットを採用しています。
Cinema EOSが採用する12bitのCinema Raw Light、EOS R5ミラーレスカメラでもRAW動画撮影が可能です。このRAWはDaVinci Resolveをはじめとして多くのNLEで現像が可能となっています。というか以前はEOS R5では「Canon Cinema RAW」と記載していましたが、いまではCinema EOSが採用している「Cinema Raw Light」と同じものなのでしょうかね??扱ったことがないから分からん。。。

https://canon.jp/corporate/newsrelease/2020/2020-07/pr-eos-r5

SONY

SONYはミラーレスカメラの一部機種では「ATOMOSの外部レコーダー」と連携することによりApple ProRes RAW収録が可能です。

このProRes RAWは基本的にApple Final Cut Proでの現像・編集が前提となります。

https://www.cined.com/jp/atomos-ninja-record-12bit-prores-raw-hdmi-sony-a7s-iii/

SONYはミラーレスカメラの動画RAW対応では一番遅れをとっている会社と言えますし、積極的なスタンスではないことが伺えます。

LUMIX(Panasonic)

LUMIXに関しては

・「ATOMOSの外部レコーダー」と連携することによりApple ProRes RAW収録

・「Blackmagic Designの外部レコーダー(Video Assist 12G HDR)」と連携することによるBlackmagic RAW

の2つのRAW収録が可能です。基本的に前者であればFinal Cut Pro、後者であればDaVinci Resolveを使用して現像・編集することになります。

https://panasonic.jp/dc/products/g_series/g9m2/expression.html#hdmi_raw

 

Panasonicは国内カメラメーカーの中でかなり早い段階で外部RAW収録対応に取り組んできたメーカーで、S1Rを除く全てのフルサイズミラーレスカメラでProResRAW/Blackmagic RAW収録を実現しています(S1/S5IIに関しては有償のアップグレードキーが必要)。

また、GH5S/GH6/G9PROII/BGH1でもRAW外部収録が可能になっています。

詳細は以前Video Salonさんで寄稿した記事を参照いただけると幸いです。

videosalon.jp

FUJIFILM

FUJIFILMのミラーレスカメラはLUMIX同様で一部機種で

・「ATOMOSの外部レコーダー」と連携することによりApple ProRes RAW収録

・「Blackmagic Designの外部レコーダー(Video Assist 12G HDR)」と連携することによるBlackmagic RAW

の2つのRAW収録が可能です。

Nikon

Nikonはかつて外部レコーダー連携によるRAW収録に対応していましが、Z 9/Z 8ではApple ProRes RAWと独自フォーマットであるN-RAWを内部収録の形態をとっています。

NikonはRAW動画を内部収録でガチで取り組んだ最初のカメラメーカーとも言えます。REDに訴えられるのも当然織り込み済みだったのでしょう。CANONが時系列的には先ですが、CANONのEOS R5はメーカー側のスタンスとしても積極性はあまり感じられません。それに対してNikon Z 9/Z 8は8K60pを内部RAW収録で実現してきた最初のミラーレスカメラです。ここらへんからNikonはいい意味で「頭のネジが外れた感」が出てきました。

なので、私がVookさんで記事を書きたくなったのは「頭のネジが外れた感」が気になり出したことが要因です。詳細はこちらのシリーズを読んでくださいませ。

 

最後に

この様にCANONNIKONだけが動画RAWフォーマットに対応しているわけですが、不思議とCANONはREDに訴訟を起こされたと言う話は聞いていません。これはREDがCANONのマウントを採用している件と何か関係しているのではないかと推測しています(何らかのライセンス契約や取り決めがなされている?)が、少なくとも今まではCANONとREDは協力関係にあったと考えることができます。

基本的に外部収録が多いミラーレスカメラのRAW動画収録の形態ですが、今回のNikonがREDを傘下に収めたことによって少なくともこれらの事情になんらかの変化が生じるのではないかと思っています。

まぁ、Nikon以外のメーカーが圧縮RAWの内部収録を行った場合にNikonが他社訴えると言う可能性もゼロではないけど、少なくとも過去のREDの様なあからさまな訴訟に発展することはないだろうと。。。そもそもNikonはREDの特許は無効だという信念に基づいてZ 9/Z 8を世に送り出したのでしょうから、REDの特許を買収という方で得たNikonが今後それを縦に他社を訴えるなんてことは考えにくいのです。

となると、今後REDに訴えらえる事を恐れて動画の内部収録圧縮RAWコーデックを搭載しない。という今の状況が大きく変わると思うのです。

つまり、NikonのRED買収を境に動画の未来、カメラメーカーの動きが変わる。

そう考えても言い過ぎではないのかもしれません。

 

ついでにNikonの独自フォーマットであるN-RAWの撮影とハンドリングに関してVookさんのサイトで書いた記事を紹介して本エントリの〆とさせていただきます。今回の話には直接関係ないにせよ、おそらくこの子会社化の話とN-RAWの存在はなんらかの因果関係があると思うのでした。ちなみにN-RAWは動作が軽快で扱いやすいのでこれからもぜひ実装してほしいと思うし、実装されると思います。

 

と言うか、この記事すげー時間かけて書いたので是非読んでほしいと思うのよね

ではでは

 

 

筆者:SUMIZOON

Facebookグループ一眼動画部主宰

Youtubeチャンネル STUDIO SUMIZOON の人